知らず知らずのうちに犯してしまう高慢の罪

いつも意識していないと高慢の罪を犯してしまいます。

 

虚栄や自分は正しいという驕りなどの心の罪を完全に取り除くのが最も難しいでしょう。

 

自分が間違っている人間であるということを認めた上で、兄弟の皆様の罪を指摘しなければ、相手も聞く耳をもたないでしょう。

 

自分は正しい、主と心情一体なのだから、自分が怒りを感じる人には主も怒っておられると、勝手に曲解して、相手の罪を指摘しても、その罪の内容があまりにも的を外れていると、こちらもそれは違うと言いたくなります。

 

もちろん放っておけばそれでいい時もあるでしょうが、場合によっては誤解を解く必要がある時もあります。

 

その場合はそれは違うよと言います。

 

しかし、多くの場合、こう言っても相手には伝わりません。

 

これは、宗教にはまっている人の特徴ですが、神を信じている自分は偉いという思いが増幅し、自我が肥大化し、自分の思いは絶対正しいという思い込みが増幅され、余計に頑固になる人がいるようです。

 

平気で人を傷つけたり、攻撃したりしていても、それが正しいと彼らは思っています。

 

まるでテロリストのようです。

 

あなた、宗教を信じる前の方がよかったのではないの?と言いたくなることもあります。

 

これは神様を信じる兄弟にとっても、陥りやすいケースだと思います。

 

まして聖霊を豊かに受けておられる兄弟がこのようなケースに陥り、毒舌をかますのなら、それは違うと言わざるを得ません。

 

まるで聖霊を受けていない兄弟を見下しているとしか思えません。

 

つまり、高慢の罪を犯しているということです。

 

このように知らず知らずのうちに高慢の罪を犯すのは、自我が肥大している可能性が高いです。

 

完全な道を歩いておらず、サタンの道を歩いているからこそ、この罪を犯してしまうのです。

 

これは私自身が陥りやすい罪でもあります。

 

多くの兄弟の皆様も気を付けておられることと思います。