兄弟を工作員扱いする兄弟について

もし本当の兄弟なら兄弟の信仰をはく奪するような愚かなことはしないでしょう。

 

信仰がはく奪されるのは、その人の信仰が弱いからだと言って、人のせいにすることもないでしょう。

 

神の心情を傷つけたと言って、人を工作員扱いするのも、その人が無知なだけです。

 

兄弟は完全ではないが、完全になるために努力しています。

 

兄弟同士が足を引っ張り合うなら、サタンの思う壺です。

 

偽善者がいけないから、自分の思ったことをはっきり言うようになり、相手の心情を傷つけるようなことをするのも、罪です。

 

やたら毒舌になるのも罪です。

 

どうして聖霊を豊かに受けた人が毒舌になることができるでしょう。

 

ラプトブログのコメント欄に書きこんでおられる兄弟の皆さまにもとても深い悟りを得られている方もおれば、ただミーハーな信者のように騒いでいるだけの方もいます。

 

最近は少なくなりましたが、少し前までは多かったです。

 

ラプトブログからラプトさん以外にも啓示者が表れ、それが自分じゃなかったので自信を失ってしまったのでしょうか。

 

聖霊を感じたとか言ってあれほど騒いでいたのに、最近はめっきりそういう人は見なくなりました。

 

その人が本当に聖霊を受けていたのなら、その人が啓示を受ける第一号になれたはずですが、現実は違いましたね。

 

当然といえば当然ですが。

 

毒舌かましまくって、正義の見方気取っていても、それは話の長い近所のおばちゃんと何が違うのでしょう。

 

神様を信じて、正義感が強くなるのはいいのですが、同じように神様を信じている人を工作員扱いして、自分の方が信仰が上みたいな態度をとるのはどうかと思います。

 

日々の生活で神様を信じたことで、良いことばかり起きたと言って騒いでいる人も、オカルトを信じて、自慢している人と何が違うのでしょうか。

 

彼らが本当の意味で信仰をもっているとは私にはとても思えません。

 

申し訳ありませんが、そうとしか思えないです。

 

ブログで自分の考えを入れるなと言われましたが、どうやって自分の考えを入れずにブログを書けるのでしょう。

 

ラプトブログの教理を曲げずに自分の言葉で伝道することの何がいけないのでしょうか。

 

自分の言葉で伝道すると、あなたは教理を捻じ曲げているみたいなことを言われます。

 

私はちなみに教理は捻じ曲げていません。

 

ラプトブログに沿って話をしています。

 

引用もしています。

 

臨死体験があるかないかは知りませんが、そのことについてもラプトブログに沿って伝道しました。以下の記事がそうです。

 

RAPT | 「神」も「悪魔」も「あの世」もないという無知蒙昧な人たち。人は自分の理解を超えたものを「異端」としたがります。

 

少なくとも霊界があるぐらいの根拠にはなるだろうと思って臨死体験を根拠に挙げました。

 

ラプトさんも上の記事のように臨死体験を霊界が実在する根拠として挙げておられます。

 

しかし、臨死体験はあるはずがないと言って、やたら私のブログにしつこくコメントしてきた兄弟がいました。

 

それは自分が調べてそういう結論に達したのかもしれませんが、このコメントに対して私は自分の祖父が亡くなった時の不思議な体験を率直に話しました。

 

しかし、その話を聞いても礼の一言もないのです。

 

それでよく神様を信じていると言えますね。

 

はっきり言って、俗世間で生きている人以下の反応です。

 

ありがとうと礼もいえないのですから。

 

私を工作員だと疑っているのかもしれませんが、それが違うとわかったら普通は謝罪をするでしょう。

 

彼らはありがとうも、ごめんなさいも言えない人間なのでしょうか。

 

それでよく神様を信じてますね。

 

兄弟を工作員扱いする。

 

これってれっきとした罪でしょう。

 

本当に無知とは恐ろしいです。

 

意味のないところで過剰な正義感をもつことが信仰ではないのです。

 

自分の考えを述べるなとか、スピリチュアルを警戒することを促しただけで、ただ人を脅かそうとしているとか言われましたが、私自身がそういう目的でブログをしているわけではない以上、そういう意見はその人の妄想です。

 

自分の妄想を絶対正しいとこの兄弟は信じているのです。

 

人を決めつけるのは、自分の妄想が正しいと信じているからです。

 

この兄弟は神の掟より自分の考えの方を愛しているのです。

 

にもかかわらず、自分の考えをブログで入れるなと人に指摘するのです。

 

目の中の丸太を取り除いていないのは自分であることに早く気づいてほしいものです。