恋愛は悪魔崇拝

マスコミはなぜ人々が恋愛することばかり煽るのでしょうか。

 

最近のJ-POPも恋愛の歌詞ばかりですね。

 

まるで早く恋愛し、性的な関係を異性と持った人が偉いかのような洗脳がマスコミや漫画でなされています。

 

誰がこの洗脳をしているかというと、悪魔側の連中です。

 

多くの人がこの罠にかからないように願うばかりです。

 

異性と性的な関係をもつことで、経済力もない学生がどうやって子を養えるというのでしょう。

 

物事を筋道立てて考えて行動するのではなく、確実に間違った道を行っているのは誰がどう見ても明らかです。

 

結婚せずに性的な関係をもつなら、結婚という制度の意味がなくなるのではないでしょうか。

 

物事を順序立てて行わず、秩序を破壊し、滅茶苦茶にするのはすべてサタンの仕業です。

 

彼らは人類を不幸にしたいので、そのような一時的な快楽を得ることを奨励し、人々を恋愛に駆り立て、異性と性的な関係をもたせようと誘導しているのでしょう。

 

恋愛や異性と性的な関係を持つことは神様の御心ではありません。

 

それは悪魔が考えた罠です。

 

異性の罪はアダムとエバが犯した最も重い原罪です。

 

聖書にはこう書かれています。

 

主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるようにそそのかしていた。女は実をとって食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。

 創世記3章1~7節

 

そのまま読んだら何のことか意味がわからないと思いますが、以下の言葉を当てはめて理解してください。

 

蛇=サタン、園の中央に生えている木の果実=人間の生殖器、女=エバ、男=アダム

 

すると、意味がわかってきます。

 

聖書は基本的にたとえ(比喩)を使って書かれているのです。

 

禁断の果実のことももちろんたとえなのです。

 

上の言葉を文章に当てはめて理解すると、アダムはエバと淫乱なことをしたことが理解できると思います。

 

当時の彼らはまだ大人になっておらず、まだ性的な関係をもつような年齢ではありませんでした。

 

そんな彼らが神様からするなと言われた性的なことを蛇=サタンに騙されしてしまったのです。

 

そして神様が死んでしまうと言ったのは、肉的に死んでしまうのではなく霊的に死んでしまうということを言ったのです。

 

こうしてアダムとエバはエデンの園から追放されることになります。

 

そして6000年間、人類は裁かれることとなってしまったのです。

 

人類の歴史はサタンに引き渡され、地上では戦争などの血みどろの権力闘争が繰り広げられ、一般庶民は巻き込まれ、とてつもない苦しみを感じながら多くの人が人生を送ることを余儀なくされました。

 

当時のアダムは神様が育てていた救世主なので、イエスキリストと同じ立場の人間でした。

 

そんなアダムが性的な堕落をしてしまったことで、神様は人類全体をお裁きになったのです。

 

これを人類の原罪と言います。

 

つまり、性的な堕落は、神様の世界では最も重い罪なのです。

 

そんな罪を誰が犯させようとしているかは上の文章を読めばもうわかりますね。

 

そうです。神様に反逆したサタンです。

 

マスコミに騙され、結婚もしていない者が複数の異性と性的体験をもっただけで、それはすでにサタンの罠にかかってしまったということです。

 

もちろん神様からの祝福を受けることはできません。

 

このように考えると現代人はとても無自覚に罪を犯してしまっていることに気づくと思います。

 

私たちの社会はサタンが支配する社会なのです。

 

特にマスコミの情報を鵜呑みにするのはとても危険です。

 

私たちはこの真理を理解して生きる必要があるのです。

 

神様の御心に常に叶った生き方をしなければならないのです。