主を愛するだけで幸せ

今日もラプトさんが素晴らしい御言葉を宣布してくださいました。

 

RAPT | RAPT有料記事195(2017年8月5日)主こそ永遠の恋人だと心から悟った者は幸いだ。

 

本当に素晴らしい御言葉です。

 

主を愛することが一番の幸せを手に入れる方法なのです。

 

この単純な法則を理解できず、この世の快楽享楽で自分を満たす習慣を付けてしまうと、なかなか脱却できません。

 

良い習慣をひたすら続け、悪い習慣を完全に絶たないといけないのです。

 

一時的な喜びを求めるのではなく、主を愛することによって得られる霊的な快感を得ることで、自分を幸せにしていくのです。

 

最近は陰謀論にはあまり興味がなくなり、ただひたすら有料記事の内容を実践することに重きがシフトしました。

 

ラプト理論はとても素晴らしく、この世の陰謀を何でも暴いてしまいます。

 

この理論の素晴らしさが理解できる人はできるでしょう。

 

もし理解できない人がいるなら、一度先入観を完全に外してみてはどうでしょうか。

 

この世では何でも大手がすばらしいという思想があります。

 

これはサタンが撒いた嘘です。

 

本当は大手ほどサタンの支配が強力なのです。

 

大手マスコミが報道しないから嘘だという思想が先入観となって、ラプト理論を理解できないのかもしれません。

 

CMで宣伝されている製品が素晴らしいのではなく、本当に素晴らしい製品は宣伝しなくても口コミで広がっていくものです。

 

宣伝されている製品は売れないから宣伝するのです。

 

売る側の心理を読むことで、このことは簡単に理解できますね。

 

大手ほど権力サイドの意向が入っており、危険なのです。

 

大手は資金力に物を言わせた支配を確立していますが、それだと多分に嘘が入り込む余地があるのです。

 

しかし、日本社会で働く場合、大手は給料がよかったりするので、大手が素晴らしいとみんな思っています。

 

何度も言うようにお金の力で支配をするのはサタンのやり方です。

 

そしてお金の力で真実を捻じ曲げるのもサタンのやり方です。

 

大手マスコミが真実を伝えるわけもなく、巨大資本の言いなりに成り下がっていて当然なのです。

 

この事実を理解することによって、先入観と偏見から目覚めることができます。

 

とにかくラプトブログはすばらしいです。

 

希望、やる気、元気がみなぎります。

 

もっと主を愛したいという思いが毎回強くなります。

 

素晴らしき御言葉を宣布してくださるラプトさん、そして主である神様に感謝します。

 

悪がはびこる世の中で幸せになる方法

この悪がはびこる世の中で、私は高校のころから世の中何かおかしいと感じてきました。

 

まず高校の先生は、自分の私利私欲のために有名大学の進学を学生に強制し、受験に失敗した人は無理やり浪人させられました。

 

そのやり方に私はやる気をなくし、大学なんてどこ行っても一緒、中では遊んでいるだけなのだからと開き直り、地方私大に進学しました。

 

しかし、無理やり浪人させられ、一年余分に年を取ってしまったのは残念でした。

 

浪人中は高校が進学校だったので特待生で予備校に入れてもらえたのですが、無気力で授業は受けてもやる気は起きませんでした。

 

この世のろくでもないシステムに嫌気がさし、なぜ勉強をしないとろくな仕事に就けないようなシステムにするかが理解できませんでした。

 

学校でする勉強はその道の専門家にでもならないかぎり役には立ちません。

 

多くの人は大学の研究者になるわけでもないのに、社会で役に立たないことばかり勉強させられ、やる気をなくしてしまっているように感じます。

 

今この世界で採用されているシステムもすべてはサタンがつくったものであり、イルミナティのご子息が利益をむさぼるためのシステムなのです。

 

しかし、私は大学進学後環境問題に興味をもち、その分野の専門家になろう努力するようになりました。

 

しかし、この環境という分野ももちろんすべてとは言いませんが、一部ではインチキ極まりない分野でもあることを知り、やる気を失いました。

 

イルミナティの金儲けのネタに環境問題が利用されているのです。

 

まぁ、この世のあらゆる分野はサタンが支配しているので、環境の分野だけがそうだと言うわけではないのですが、それでも私はやる気を失いました。

 

大学院でその分野の研究者になろうと努力しているとき、私の教授は近隣の大学の教授から学生を受け入れ、その学生が私の悪評を研究室内で広め、私は彼に蹴落とされてしまいました。

 

私はここでもやる気をなくし、実家に戻ることになってしまったのです。

 

彼はおそらく自分が教授から気に入られ、人の研究を阻害して蹴落とし、自分だけ勝ち残ろうとしたと思われます。

 

私はそのような自分の私利私欲しか考えないような人間が生き残るような世界が心の底から嫌いなので、そのような世界に行かずに済んで良かったと思っています。

 

わたしはそのとき神様の力を感じずにはいられませんでした。

 

神様は私を悪の道からお救いになったのです。

 

そのときは悔しくて苦しくてしかたなかったのですが、今では私を正しい道に導いてくださった神様に感謝をしています。

 

ラプトさんが小説家になれなかったのは、出版業界がイルミナティに乗っ取られているから神様がその道に行かせなかったからです。

 

私もひょっとしたらそうなのかな?と思っています。

 

研究者や学者の世界は一番サタンが強く働いている世界です。

 

この世の秘密を順守しているのは、学閥なのですから、そのような世界に行かなかった、もしくは行けなかったのは正解なのです。

 

私はラプトさんがブログをしてくださったおかげで、真理を悟ることができ、自分の人生はこれでよかったと思えるようになったのです。

 

世の中の陰謀論をやっている他の人のブログからは希望を持つことができません。

 

ラプトブログだけが唯一の希望をもつことができるブログなのです。

 

唯一の救いを受けることができるブログなのです。

 

彼だけが唯一だとなぜ言えるのかは、彼のブログのクオリティを見ればわかります。

 

誰にも真似できません。

 

彼以上のクオリティを誇るブログがあるなら、ぜひ教えてほしいですが、実際には存在しません。

 

だから唯一救いを受けることができると言い切ることができるのです。

 

陰謀論者もほとんどがただ脅すだけで、ベンジャミンフルフォードが皇太子が日本を何とかするとか言っていますが、皇族にそれができるなら、もうすでにそうしているでしょうし、今の日本は何の問題もないはずです。

 

しかしニュースなどを見ればわかるように、日本は政治も何もかも腐りきっており、激しく争い合っています。

 

政治家同士が国民のためではなく、自分の私利私欲のために争い合う。

 

こんな醜いニュースを毎日見させられて、どうして皇太子が日本を救えるでしょうか。

 

本当にばかげた話です。

 

陰謀論者の話は多分に嘘が入っているので、知る必要はありません。

 

それより、ラプトブログで真実を知ってください。

 

今日も自分の体験を通じて真理を証しました。

 

 

人を許す

人を許すことは難しいかもしれません。

 

特に自分が攻撃され、不当に蹴落とされ、自分の悪評を流したような人を許すのはなおさらかもしれません。

 

しかし、いざ許してみると、意外に簡単に許せてしまうものだなと思いました。

 

一見難しそうに思えることも、やってみれば簡単なこともあります。

 

そして、不当だと感じるのなら、神様に裁きを求めるのです。

 

聖書に報復は主がされると書かれているからです。

 

私たちはあくまで被造物であり、被造物が被造物を裁いても仕方がないのです。

 

裁きは創造者がされることであり、私たちは創造者である主の意向に委ねるしかないのです。

 

人は生まれいつか死に至ります。

 

この法則もすべては主がお創りになったもの。

 

自然現象も人間もすべて主のものなのです。

 

主が人間の肉体が消滅するようにお創りになったのだから、それをそのまま受け入れようと思います。

 

文句を言っても、今の私がこの世界で生きるためには、主がお創りになった霊肉魂が必要なのですから。

 

何もしていなくても、私たちは神様からの恩恵を受けて生きているのです。

 

そう思えば、神様に対して感謝の思いが自然と出てきます。

 

主よ今日も一日ありがとうございました。

 

いつもあなた様に感謝しています。

 

どんな時も私を守ってくださった神様

 

あなたは正義の味方です。

 

そして、わたしの避けどころです。

 

悪から私を守ってくださった神様、心から感謝しています。

 

そのような祈りをささげ、ふと以前の悪人を見てみると、もう以前いた場所に彼はいなくなっていたのです。

 

主の力はとてつもなく偉大です。

 

そして私もきれいさっぱり彼のことは忘れました。

 

心機一転してこれからは人生を主と共に生きようと思います。

 

 

知らず知らずのうちに犯してしまう高慢の罪

いつも意識していないと高慢の罪を犯してしまいます。

 

虚栄や自分は正しいという驕りなどの心の罪を完全に取り除くのが最も難しいでしょう。

 

自分が間違っている人間であるということを認めた上で、兄弟の皆様の罪を指摘しなければ、相手も聞く耳をもたないでしょう。

 

自分は正しい、主と心情一体なのだから、自分が怒りを感じる人には主も怒っておられると、勝手に曲解して、相手の罪を指摘しても、その罪の内容があまりにも的を外れていると、こちらもそれは違うと言いたくなります。

 

もちろん放っておけばそれでいい時もあるでしょうが、場合によっては誤解を解く必要がある時もあります。

 

その場合はそれは違うよと言います。

 

しかし、多くの場合、こう言っても相手には伝わりません。

 

これは、宗教にはまっている人の特徴ですが、神を信じている自分は偉いという思いが増幅し、自我が肥大化し、自分の思いは絶対正しいという思い込みが増幅され、余計に頑固になる人がいるようです。

 

平気で人を傷つけたり、攻撃したりしていても、それが正しいと彼らは思っています。

 

まるでテロリストのようです。

 

あなた、宗教を信じる前の方がよかったのではないの?と言いたくなることもあります。

 

これは神様を信じる兄弟にとっても、陥りやすいケースだと思います。

 

まして聖霊を豊かに受けておられる兄弟がこのようなケースに陥り、毒舌をかますのなら、それは違うと言わざるを得ません。

 

まるで聖霊を受けていない兄弟を見下しているとしか思えません。

 

つまり、高慢の罪を犯しているということです。

 

このように知らず知らずのうちに高慢の罪を犯すのは、自我が肥大している可能性が高いです。

 

完全な道を歩いておらず、サタンの道を歩いているからこそ、この罪を犯してしまうのです。

 

これは私自身が陥りやすい罪でもあります。

 

多くの兄弟の皆様も気を付けておられることと思います。

 

自己啓発も悪魔崇拝

自己啓発悪魔崇拝です。

 

根拠は以下の記事を参考にしてください。

 

RAPT | RAPT×読者対談〈第118弾〉この世はどこもかしこもフリーメーソンだらけ。または盛和塾と自己啓発と神智学協会。

 

自己啓発の源流はニューソートという思想に行きつきます。

 

このニューソートが、悪魔教団体「神智学」や新興宗教団体「生長の家」と深いかかわりがあるようです。

 

従って、世の中で出回っているポジティブシンキングとか、鏡の法則とかはすべて嘘だということです。

 

まるでネガティブなことが起きても、ポジティブにふるまえば運命も良くなると言う発想は、一見本当っぽく聞こえますが、嘘です。

 

私は自分が明るく振る舞えば、私の悪口を言っていた人がどう変わるか観察したことがありましたが、まったく変わりませんでした。

 

つまり、私自身がどう変化しようが、変わらない人は変わらないということです。

 

もし変わる場合もあるかもしれませんが、その時は鏡の法則を信じてしまうかもしれません。

 

でも、それはあくまでその法則がたまたま当てはまっただけというだけで、いつもその法則が当てはまるわけではありません。

 

嘘だと思うなら、何千回と明るく振る舞って相手が本当に変わるかどうかという実験をしてみればよいのです。

 

変わる場合と変わらない場合、半分半分ぐらいになると思います。

 

実験の母集団が多いほど、確率的には50%付近に落ち着くでしょう。

 

当たり前といえば当たり前ですが、自己啓発の出所が悪魔崇拝団体神智学や生長の家なのですから、単なる嘘ではなく、その思想自体が悪魔崇拝であり、真理に根差していないのです。

 

したがって、自己啓発を信じても、成功者にはなれません。

 

世の中は出来レースです。

 

有名な人のほとんどが毛利家島津家の末裔であり、天皇一族の親戚なのです。

 

神社仏閣参りをさせられて、悪魔を拝んでいるのに、それに気づいていない日本人がほとんどでしょうが、それと同様、自己啓発を学ぶことは悪魔崇拝を学ぶことと同義なのです。

 

これがどれほどの罪かわかるでしょうか。

 

多くの人がこの事実に気づいて、悪魔崇拝をやめ、本物の神様に立ち返ってくださることを祈っています。

 

神様のことはラプトブログが教えてくれます。

 

 RAPT | RAPT有料記事

 

是非、神様のことを知りたい人は読んでみてください。

 

貴方を真に幸せにする言葉で満ちています。

兄弟を工作員扱いする兄弟について

もし本当の兄弟なら兄弟の信仰をはく奪するような愚かなことはしないでしょう。

 

信仰がはく奪されるのは、その人の信仰が弱いからだと言って、人のせいにすることもないでしょう。

 

神の心情を傷つけたと言って、人を工作員扱いするのも、その人が無知なだけです。

 

兄弟は完全ではないが、完全になるために努力しています。

 

兄弟同士が足を引っ張り合うなら、サタンの思う壺です。

 

偽善者がいけないから、自分の思ったことをはっきり言うようになり、相手の心情を傷つけるようなことをするのも、罪です。

 

やたら毒舌になるのも罪です。

 

どうして聖霊を豊かに受けた人が毒舌になることができるでしょう。

 

ラプトブログのコメント欄に書きこんでおられる兄弟の皆さまにもとても深い悟りを得られている方もおれば、ただミーハーな信者のように騒いでいるだけの方もいます。

 

最近は少なくなりましたが、少し前までは多かったです。

 

ラプトブログからラプトさん以外にも啓示者が表れ、それが自分じゃなかったので自信を失ってしまったのでしょうか。

 

聖霊を感じたとか言ってあれほど騒いでいたのに、最近はめっきりそういう人は見なくなりました。

 

その人が本当に聖霊を受けていたのなら、その人が啓示を受ける第一号になれたはずですが、現実は違いましたね。

 

当然といえば当然ですが。

 

毒舌かましまくって、正義の見方気取っていても、それは話の長い近所のおばちゃんと何が違うのでしょう。

 

神様を信じて、正義感が強くなるのはいいのですが、同じように神様を信じている人を工作員扱いして、自分の方が信仰が上みたいな態度をとるのはどうかと思います。

 

日々の生活で神様を信じたことで、良いことばかり起きたと言って騒いでいる人も、オカルトを信じて、自慢している人と何が違うのでしょうか。

 

彼らが本当の意味で信仰をもっているとは私にはとても思えません。

 

申し訳ありませんが、そうとしか思えないです。

 

ブログで自分の考えを入れるなと言われましたが、どうやって自分の考えを入れずにブログを書けるのでしょう。

 

ラプトブログの教理を曲げずに自分の言葉で伝道することの何がいけないのでしょうか。

 

自分の言葉で伝道すると、あなたは教理を捻じ曲げているみたいなことを言われます。

 

私はちなみに教理は捻じ曲げていません。

 

ラプトブログに沿って話をしています。

 

引用もしています。

 

臨死体験があるかないかは知りませんが、そのことについてもラプトブログに沿って伝道しました。以下の記事がそうです。

 

RAPT | 「神」も「悪魔」も「あの世」もないという無知蒙昧な人たち。人は自分の理解を超えたものを「異端」としたがります。

 

少なくとも霊界があるぐらいの根拠にはなるだろうと思って臨死体験を根拠に挙げました。

 

ラプトさんも上の記事のように臨死体験を霊界が実在する根拠として挙げておられます。

 

しかし、臨死体験はあるはずがないと言って、やたら私のブログにしつこくコメントしてきた兄弟がいました。

 

それは自分が調べてそういう結論に達したのかもしれませんが、このコメントに対して私は自分の祖父が亡くなった時の不思議な体験を率直に話しました。

 

しかし、その話を聞いても礼の一言もないのです。

 

それでよく神様を信じていると言えますね。

 

はっきり言って、俗世間で生きている人以下の反応です。

 

ありがとうと礼もいえないのですから。

 

私を工作員だと疑っているのかもしれませんが、それが違うとわかったら普通は謝罪をするでしょう。

 

彼らはありがとうも、ごめんなさいも言えない人間なのでしょうか。

 

それでよく神様を信じてますね。

 

兄弟を工作員扱いする。

 

これってれっきとした罪でしょう。

 

本当に無知とは恐ろしいです。

 

意味のないところで過剰な正義感をもつことが信仰ではないのです。

 

自分の考えを述べるなとか、スピリチュアルを警戒することを促しただけで、ただ人を脅かそうとしているとか言われましたが、私自身がそういう目的でブログをしているわけではない以上、そういう意見はその人の妄想です。

 

自分の妄想を絶対正しいとこの兄弟は信じているのです。

 

人を決めつけるのは、自分の妄想が正しいと信じているからです。

 

この兄弟は神の掟より自分の考えの方を愛しているのです。

 

にもかかわらず、自分の考えをブログで入れるなと人に指摘するのです。

 

目の中の丸太を取り除いていないのは自分であることに早く気づいてほしいものです。

 

 

御心が破壊されないように

ラプトさんを十字架の道にだけはいかせないよう全身全霊で努力しなければなりません。

 

彼をただの人間だと思ってはなりません。

 

神がお遣わしになったお方であることを再認識し、彼に従わなくてはなりません。

 

私もそうですが、最近深い祈りできておらず、第二の御心が破壊される手前まで来てしまい、何とかしなければならないという思いでいっぱいです。

 

使命者と近くで関わっておられる兄弟の皆様が、御心をなされますことを心からお祈りし、すべての責任を自分自身で背負う覚悟でいます。

 

ラプトさんに背負わせてきた罪を自分で背負い歩きます。

 

申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

すべてのプライドを捨て、自分の高慢さを改め、御心を成して行きたい。

 

希望をもつことができるのは、ラプトブログだけです。

 

他の陰謀論を語っている人のブログを見ても、希望をもつことができません。

 

むしろ悪がはびこるこの世界で、絶望しか感じません。

 

主のことを感じることができるラプトブログだけが唯一希望を感じることのできる場所です。

 

御心が破壊されれば、もう希望を感じることもできなくなるのです。

 

ラプトさんが十字架の道に行けば、以前のように絶望の中で生きることになるのです。

 

それだけは絶対に嫌です。

 

私はラプトさんからは遠い位置にいますが、なんとかして御心が成されるよう必死に祈ります。

 

私は罪深い人間です。

 

強欲で虚栄心が強く、謙虚にふるまっているようで偽善的に生きてきました。

 

主よ、どうか罪が許されますよう、私も自分の負い目のある人を許しますから、私を許してください。

 

そしてラプトさんをお守りください。

 

主の御心がなされますように。

 

私たちを希望で包んでください。