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道は隠されている

人は必ず宗教や哲学を探求するようにできていると感じている。

これはまともに生きてきた人ならみんなが探求するのではないかと感じている。

俗的な学問や遊びに馴染んでしまうことはその探求を妨げる。

もちろん宗教や哲学を探求したところですぐに答えが見つかるわけではない。

多かれ少なかれ紆余曲折を体験する。

私は7年以上かかった。

それぐらい時間はかかるが、神様を信じてしまえばすべて解決する。

行きついた答えはそれぐらいシンプルだった。

この世ではわれわれは真実をあえて知らされていないことを理解した。

シンプルな真実にたどり着くのに、ものすごい遠回りをしないとたどり着けないようになっている。

そんな世界に生きているってこと。

 

愛と感謝

神様に感謝している。

神様は全地を創造された。

そして、すべての人をおつくりになった。

人々が愛し合ってこそ御心だ。

神様とつながる合言葉は愛と感謝だ。

真心を込めて神に祈るとき、人は平和になり、義人となる。

兄弟の皆様が平和でありますように。

聖書

ずいぶんと迷える羊子だった。

人生に迷っていた。

ギリシャ哲学やら量子論やらスピリチュアルやらインド哲学やらを読んでも、何一つ明らかにはならなかった。

そんな中で、聖書だけは人を真に霊的に成長させる書物のように感じた。

頭が混乱するだけの学問は有害だ。

シンプルにどう生きるべきかを説く聖書こそ本質がある。

聖書というと、クリスチャンが読む本だと思っている人が多いが、実際は歴史書と哲学書を合わせたような本なので、イメージとは違う。

何でも先入観で決めてはいけない。

そして、聖書には愛がある。

聖霊を感じる書物

それが聖書だ。

新約聖書は特にそうだ。

神様はおられる

人間ごときの力だけで人は救われないようにつくられている。

神は確実におられ、あなたに糧をお与えになる。

そして、神に導かれてきたことを知る。

神を信じないのが当たり前のこの時代、それがどれほど罪深い時代だろうか。

傲慢な人間が、マスメディアの影響で恋愛やら何やら浮かれたことばかりすることが正しいと信じ込み、信仰を保っている人なんてほとんどいない。

そのような時代、真摯に信仰を保ってこられた人は幸いだ。

神は聖霊をお与えになる。

聖霊はイエス様がもたらしてくださった。

イエス様の血によって、使わされた聖霊が私たちを包み込む。

そう。

今は終わりのときだ。

神を信じる者は救われる。

信じる者は幸いだ。

兄弟の皆様に豊かな聖霊が降り注ぎますように。